ろくごまるにの原稿進捗状況を淡々と記すブログ
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喪中の戦士から食前絶後!! への道のり
そんな感じで賞を貰ったが、編集部的にはかなりぞんざいな扱いだった。
授賞式後のパーティーで、五代さんや、まみやさんのとこには名刺が流れていくのに、ワシのとこにはまったくこない。(もう一人の方は学生さんだったので早めに帰られた)
こっちも社会人をやってたわけで、名刺が流れてこない、すなわち仕事の相手として認識されてないことぐらい判るわね。
結局、ワシがいただいた名刺は春樹社長からのものだけだった。こんなワシにも名刺をくれるなんて、感涙であります社長! みたいな人心掌握術と見ることもできるけど、そこまで計算する人にはみえんかったね。

「うへえ、火浦先生、こんな審査員特別賞なんてわけの判んないことで、変な人を招待するのは今回だけでげすよ!」ってな感じの洒落で、呼ばれてる感がビンビンありましたな。火浦さん以外、ワシに期待してる人なんかいなかった。
おっと、恨み言じゃないんだぜ。
こっちもその気で、にぎやかしで呼ばれてると思って、スピーチの時に得意の漫談を披露したりしてたんだから。
追宝録がそこそこ人気がでた辺りから、丁寧な対応をしていただけるようになり名刺ももらえるようになったかの。「期待しています!」と言われるたびに「はぁ、さいですか」(生活笑百科で上沼恵美子のボケに対応する、仁鶴のテンションだね)気分になったもんだ。
さすがに最近じゃ、いくら新人相手でもここまでぞんざいに扱ってないと思うけど。

そんでもって翌日、担当がつくわけでもなく新幹線にのって大阪に帰ることになったのだ。
こんな扱いだったんで、この時点で作家になれる気も、なる気もまったくなかった。
かくして、ろくごまるには謎の受賞者として歴史の闇に消えたのであります。ウソ。

帰りの新幹線で一緒だったのは、当時はまだ審査員じゃなかった神坂さんだった。
作家になれそうにもなかったので、特に緊張することもなく、腐乱死体の話なんぞを新幹線の中でしてたりするうちに小説の話になったんだと思う。
賞金もなければ名刺ももらえない、担当編集もいないんじゃ、作家にさせる気も、育てる気もないんでしょ。みたいなことをワシは言った気がする。
神坂さんの答えは、賞金とか期待とか、その辺りのことはどうでもよくて、賞を取ることの一番の意味は、自分の原稿を編集に読んでもらえるようになること。(なんせ10年以上前の話なので正確な言葉じゃないのは勘弁していただきたい。こういう趣旨のお話だった)この一言がガツンときて、作家としての目が少し開くことになった。
この一言があったから、ワシは編集部に何度も原稿を送るようになった。名刺がないんでドラゴンマガジンの奥付を見ながら、住所を書いてだ。

つまり、ろくごまるにという小説家がいるのは、火浦さんと神坂さんのお陰なわけであります。他にもお世話になった作家の方の話も、そのうち書きたいところ。

うむ。もはや作品紹介でもなんでもないじゃないか。

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